手がでる、足でる、ゲロもでる! / おとなのけんか

いきなり私事で申し訳ないのだけど、ちょうど長野から東京へ行く用事があり、公開日と運良く重なったので観てきました。ちょうおもしろかったです!『ゴースト・ライター』が記憶に新しいロマン・ポランスキー監督最新作。興行的にも成功し、批評的にも高評価を得たヤスミナ・レザの舞台『Le Dieu du carnage (英題 God of Carnage)』に惚れ込んだロマン・ポランスキーが映画化のために再構成し、80分間のリアルタイム・ワンシチュエーション・コメディームービーに作り替えた。登場人物はロングストリート夫妻を演じるジョディー・フォスター、ジョン・C・ライリーとカウアン夫妻を演じるケイト・ウィンスレットクリストフ・ヴァルツのほぼ4人だけ。ブルックリンに建てられたアパートの、いかにもインテリちっくなリビングの一室で繰り広げられる会話劇が物語の中心となる。

事の発端は両者の子供の喧嘩から始まる。口論の末にロングストリート家の息子イーサンが、カウアン家の息子ザッカリーに棒で殴られ前歯2本を折るケガを負う。被害者側のロングストリート夫妻は加害者側のカウアン夫妻を自宅に招き、話し合いの場を設ける。はじめは両者ともにちらりとエゴい一面を垣間見せつつも穏やかなムードで話し合いが進むのだが、だんだんと和解の話し合いがねじれにねじれ、もはや理性の欠片すら感じさせないような、エゴしか残っていないおとなのけんかに発展していく。

先程、この物語を"会話劇"と称したが『十二人の怒れる男』なんかを想像していくと度肝を抜かれるのは間違いない。クルクル変わる話題の中で揚げ足に揚げ足を取り、皮肉を皮肉で返す!手がでる、足でる、ゲロもでる!攻撃ならぬ口撃相手は自分の嫁や夫であろうと例外ではなく、味方なし制限時間80分のまさにバトル・ロイヤルである。ジョン・C・ライリーもインタビューで語っていたが、この映画のカタルシスはエゴイスティックな本性を理性で包みつつも常識ある4人の大人がことごとく、ストーリーが進むに連れて偽善性という仮面が理性もろともぽろりぽろりと剥がれ落ちる瞬間にある。彼が演じる金物商のマイケルも最初は平和主義的なオーラ全開で口論が勃発するたびに「まぁまぁ」となだめていたと思ったら、相手夫妻からは仕事をコケにされ、さらには動物虐待者と罵られる。挙句に嫁さえも彼を事なかれ主義のダメ男と呼びだす始末。そんな彼が怒りに打ち震えながら自慢のスコッチを飲みだしたと思ったら「ああもうめんどくせぇ!俺は最低男で結構!娘のハムスターもうざいから捨てたしな!ガハハ!」と開き直る。そんな具合に登場人物のあまりの豹変ぶりに観客はカタルシスを得る。しかも爆笑と共に。

本作は2週間の間、4人のキャストが毎日同じセットに集い、一日中最初から最後までそれぞれの役柄を演じ続ける芝居形式のリハーサルの後に撮られた。クリストフ・ヴァルツが「通常の撮影ではこんな贅沢な時間はない。」と述べているように、演者同士の息を合わせるのはもちろんのこと、不適切な部分は排除され、より物語全体を洗練させる効果が生まれたようだ。監督であるロマン・ポランスキー自身もリハーサルを楽しみ、いよいよ撮影の段階ではカメラアングルに気を配ってはいたが、俳優演出にはほとんど口をださなかったらしい。それ故に心地良いテンポで進む物語の中で、絶妙とも言えるセリフの掛け合いが生まれたのだろう。

本作の噴飯物演出、いやゲロ爆笑演出の連続に掴まれたら最後、逃れるのは至難の技だ。今観るべきゲロ面白ろコメディとして自信を持っておすすめします。



■参考文献
えんたほ|最速レポート、映画『おとなのけんか』レビュー情報